創価学会破門の経緯を知らない方へ その19

一連の学会問題が収束した2カ月半後の昭和54年7月22日、日達上人は御遷化された。

それにともない御当座された日顕上人は、日達上人と同様、池田氏らの深い反省を大前提として、一つには日達上人の5月3日における学会問題の収束を尊重され、二つには牧口・戸田両会長以来の、正法正義の堅持と弘通という学会の伝統を信頼され、協調路線を受け継がれ宗内を統率された。これは宗内僧俗に宛てられた「訓諭」や「院達」に明らかである。

昭和54年10月8日付の院達には、「①学会に対する基本的な態度は、日達上人の示された方針を堅持する。②僧侶は慈悲の精神に立ち、法主上人のもと一結して僧俗和合の協調路線に添い奉ること。」(趣意、③は次回)として、僧俗の双方に今後の方向を示されたのであった。(次回、学会の会内是正と宗内の流れ)

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