私たち人間のことを…

私たち人間のことを仏法では凡夫といい、煩悩・業・苦に束縛され迷いの世界をくり返す衆生のことを意味します。人は根本的に「無明(むみょう)」という煩悩を具えており、そこから離れることも、これを無くすこともできません。

大聖人は、この無明も妙法信仰の力によりそのまま「無明 即 法性(ほっしょう)」の生命として転換させる功徳を説いています。一見のところ剛直に見える人も、一大事が起きたり、いざという時は、本性や本音が現れて、実に情けない姿に陥いります。大聖人は次のように仰せです。
「我等凡夫のつたなさは経論に有る事も遠き事はおそるる心なし」(御書1397頁)と。私たち凡夫の愚かしさは、経論に誡められていることも、自分には縁のない遠いこととして怖れないことだ、と。

日々に積むこの信心で着実に人生を変えていきましょう。

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