法遍寺講中の皆さまへ

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「眼あらば経文に我が身を…

大聖人は開目抄に、「眼あらば経文に我が身をあわせよ」(御書568頁)と仰せです。ここで仰せの眼とは、「心」・「魂」という意味を持ちます。すなわち、法華経に我が心を合わせる信心と生活が大事な旨をご教示で...
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「人をあだ(怨)むことなかれ…

大聖人は開目抄に、「人をあだ(怨)むことなかれ。眼あらば経文に我が身をあ(合)わせよ」(御書 568頁)と仰せです。 「あだむ」とは恨むということです。人を恨めば、仏道修行によって積んだ功徳の一切を無...
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大聖人は崇峻天皇御書に…

大聖人は崇峻天皇御書に、「人身は受けがたし、爪の上の土。人身は持ちがたし、草の上の露」(御書1173頁)と、人として生まれてくることの希有なるを爪の上の砂粒に、また人生の時間の速さを刹那に消える草露に...
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大聖人は妙心尼に対するお手紙の中で…

大聖人は妙心尼に対するお手紙の中で、題目の妙の一字の姿は仏であるが、凡夫はそれをただの文字としか見ることができない。それを譬えると、池の蓮華が果実を所持している姿や、暗闇の人影が見えないのと同じである...
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